写真家 齋藤さだむ氏との邂逅

齋藤さだむ

写真家の齋藤さだむ氏は、世間一般には有名な存在ではないと思うが、建築写真の仕事においても、作品制作においても一級品の活動をされてきた方である。私よりも古くから茨城県つくば市に拠点を置いて、作品と仕事という両面での活動を長く継続されて、今日なお写真に取り組み続けておられる。

私が齋藤さだむさんに出会ったのは、今から20年以上前のこと。ある日、私が偶然にも当時齋藤さんの事務所があった近辺で、作品のための写真を撮り歩いていたら、通りがかりの方に声を掛けられ「この近くにある写真家の事務所があるので、一度訪れてみたら」と言われたのがきっかけである。早速その足で訪れてみたのだが、その日は不在だった記憶がある。

写真家といってもテーマと作風は千差万別なので、実際にお会いするまでは、どういう方なのか、どんな写真を撮られている方なのか不安もあったが、後日、再び事務所を訪れてみると、こういう方がつくばにいらっしゃったのか、と驚くくらい本格的な活動をされている方だった。

齋藤さだむさんは、あの大辻清司氏の薫陶を受け、私が知る以前は筑波大学芸術専門学群で写真の技官をされていた。同時期には後に国内外での活躍を遂げる畠山直哉氏や、写真評論家として名を馳せる飯沢耕太郎氏が学生・院生として在籍していたり、少し後には柴田敏雄氏も教壇に立たれたりと、筑波大学における写真界隈が賑やかだった頃の話である。さらに、私と同じ比較文化学類の大先輩には、写真評論家(フォトアーキビスト)となる大日方欣一氏も在籍されていた。東京国立近代美術館学芸員で写真専門の増田玲さんもそうだった。

そうやって私が齋藤さんと出会った当時、私は専ら作品を撮る方向での写真活動だったので、しばしば、そういう意味での(作品としての)写真に関するお話を齋藤さんとはさせていただいた。コンポラとかニューカラーとかの写真におけるムーブメントについても、齋藤さんの蔵書(写真集)を見ることで発見し学んでいったように思う。そして時には、私が撮った写真をお見せしてご意見を伺うようなこともあった。齋藤さんは、こうしろ、ああしろ、といったことはほとんど言われない方だったが。

齋藤さんの作品を、きちんとした形の展示で見たのは1998年「写真の現在 – 距離の不在」展 (東京国立美術館フィルムセンター展示室)である。5人の写真家を集めたこの展示、齋藤さだむ、畠山直哉、楢橋朝子、松江泰治、金村修 (図録掲載順)、という出品者たちは、今振り返っても凄みがある。

「写真の現在-距離の不在」展
「写真の現在 – 距離の不在」展 図録

しばらくして、作品制作発表という行為だけでなく、私も写真を仕事としていくことに興味が出てきた。それをきっかけとして、齋藤さんの仕事の撮影にもアシスタントとして同行するようになった。でも正式な師事というか師弟関係があった訳ではない、と思う。

齋藤さだむさんの仕事における撮影分野は建築写真が基本なので、様々な建築家、堀部安嗣氏、内藤廣氏、伊東豊雄氏、前川國男氏、白井晟一氏、等々たくさんの作品撮影に同行した。
また、美術館の図録用写真撮影もされていたので、現代アート作品の撮影に泊まり込みで通ったこともあった。さらにはスナップやポートレートまで、齋藤さんは卓越したセンスを発揮されていた。

ちょうど、その頃はフィルム撮影からデジタルカメラによる撮影に移り変わっていくという時代状況もあった。デジタル、特にパソコンでの画像処理分野では、齋藤さんよりも私のほうが得意だったこともあり、そういった作業は私が受け持つことが多かった。その経験も現在に活かされている。

その後、私は私で自分の仕事が増えてくるようになると、自然と齋藤さんとの帯同も少なくなっていった。現在では、時々近況を報告し合うくらいの間柄である。

齋藤さだむさんは、今年に入って、東京で地元茨城で、何回か写真展を行われたりと作品制作も継続されておられるし、その一方、仕事での撮影にも相変わらず力を注がれている模様。これまで相応の回数、写真展を開いてきた齋藤さだむ氏だが、その作品群の全貌は、まだまだ示されていないところも多く、なかなか広く知られる機会となっていないことは残念でもある。

私が、作品のためだけに写真を撮るのではなく、仕事としても写真を撮るようになり、写真が自分の人生に深く関わるようになっていったのは、齋藤さだむ氏との邂逅が大きな誘因だったことは間違いないだろう。

齋藤さだむのアトリエにて
旧事務所にて、齋藤さだむ氏とご家族 (2008年)